仏教遺跡を訪ねて
 チ ベ ッ ト 見 聞 記

06年6月30日から7月5日まで写仏教室のメンバーと秘境の地・チベットを訪れた。

中部国際航空9時発の中国東方航空で1500km西の西安へ向かった。
以前は香港経由で行ったが今回は上海経由で乗り継ぎに不便さを感じたが時間は
大いに短縮された。到着は現地の13時40分頃であつた。
夜中の出発までの間、
咸陽博物館、茂陵(漢の武帝陵)など西安郊外を見学。
空港では流行の温浴足マッサージで今後にそなえた。

咸陽博物館              咸陽博物館内

青海省の西寧(海抜2000m)に着いたのは翌7月1日の午前2時頃であった。
この日は85回目の中国共産党創党記念日にあたり,ゴルムドからラサまで1142km
の鉄道の開通日で爆竹など歓迎ムードに包まれていた。平均高度4000mの難工事で中国政府の思いが感じられた。 
 午前には北魏(386年〜534年)に創られた道教寺院の
北禅寺へ、1000ほどの階段を登った。
その後イスラムの
清真大寺を見学。午後は70km離れたダライラマ14世の生家を訪れた。山道約2時間、中国製のマイクロに揺られての旅であった。

途中の耕地は見事に菜の花等の野菜が作られ目を見張るものがあった。家々は土で作られ、トイレを借用したが子供の頃が思い出された。
14世はタクチェル村の生家に7歳頃まで生活されたとか。この日は14世の71歳の誕生日でケーキやトウモロコシで作ったお菓子を一同ご馳走になり共に祝った。甥子さんがその家を守られ、案内を受けた

北禅寺全景 

北禅寺正面

タクチェル村

タクチェル村の子供と
  談笑の婦人

14世生家にてバースデイケーキ
   をスプーンで頂く住持


以上の写真は訳あって、同行の山端正己氏、添乗の趙東風氏より提供を受けた


7月2日
はバスにて西寧郊外のタール寺を拝観。先ず、境内の外で大晒仏祭りを見学。
縦・29m、横・15mの大きな大仏画がゆっくり山の斜面を使って開帳された。
年2回のため近郊から来た多くの人、五体投地する人、日本からのカメラグループ等観光客でごった返し
黒山の人、人、人であった。
ここで住持は買ったばかりのコンパクトなデジカメを無くし真っ青。皆さんに探してもらったが見つかるはずもなく

しぶしぶあきらめた。2日間の記録が無くなったのが一番残念。貴重な経験をこの地でさせてもらった。

タール寺はスケールが大きく、600年の歴史があり、仏像などがヤクのバターで見事に作られていた。
昼食後西寧からラサに向かった。飛行機で約2.5時間かかって、3500m、酸素70パーセントのラサに到着した。
その日は高度順応のためゆっくり過ごした。
住持も若干頭痛、食欲不振に見舞われタバコもおいしくなかった。

祈る人と僧

開帳の大仏画

タール寺と壁画

ラサ空港

ラサ川

河畔の磨崖仏

7月3日・朝雨降るがすぐやむ。今日はラサ市内の見学。
3650mの高原都市で爽快な気分。日照時間は3000時間に及ぶ日光の都市である。
最初はチベット博物館を見学。日本語の上手なガイド嬢より説明を聞く。経本、曼荼羅等の仏画、青銅器など1300年の歴史を展観。建物も立派な施設であった。


 次は目玉のポタラ宮。紺碧の空、断崖に立つ壮大な宮殿。吸い込まれるが如く
ゆっくりゆっくりと階段を上った。日本の早春の気候位で少し汗ばむ程度であった。13階建、117mの高さで歴代ダライラマの霊塔、仏堂である紅宮と政務と生活の白宮からなり7世紀に造られた
と言う。まさに世界遺産にふさわしい建造物であった。

各霊塔には守護仏が奉られ総数20万体の仏像が安置され、周りには極彩色の
曼荼羅で荘厳されていた。

チベット博物館

ポタラ宮

ポタラ宮参詣の人

ポタラ宮

奉納の経石

の後昼食をとり、八角街を通って大昭寺(ジョカン寺)を拝観。
五体投地の人の脇を通って寺内へ。唐から迎えた王妃が持参したという本尊・
釈迦牟尼仏の前で合掌礼拝。建物はマンダラ式宇宙をインド、ネパールの建築様式を取り入れ唐風に7世紀後半に作られた

ポタラ宮前広場

八角街広場と
  婦警さん

大昭寺正面と
  僧侶宿舎

次は歴代ダライラマの夏の離宮・ノルブリンカ宮殿を訪問。
ここも世界遺産である。途中、みやげ物店で線香と

壷を購入。その為、西安空港でカバンの開示を
要求されることになった。

翌朝(7月4日)空港を発ち昼過ぎに西安に着いた。
機内では臨席の軍人さんと筆談会話で時の経過も忘れた。
昼食後、中国茶の専門店により、ホテルで一休み。その間、碑林前の書道具店で筆などを購入した。車も多く歩行者の信号もなくスリリングな散策での買い物となった。
夕食は餃子宴席、後劇場で大唐楽舞を鑑賞。皇帝気分でビールを飲みながら踊りを楽しんだ。10人程が一体になって繰り広げられた千手観音の舞は素晴らしい演出であった。

翌日(7月5日)は西安市内を見学。城壁、興慶宮、添乗氏のIT会社
などを見学して帰路に着いた。空港税関でのハプニング・バッグオープンには困惑した。上海空港乗継で夜、9時過ぎに常滑に無事着陸。

世界遺産は素晴らしかった。ガイドさんにチベット語も少し教わった。それで書を書きたいと思っているが。チベット仏教の姿はあまり垣間見えなかった。民族の移動が恐らく影響していることであろう。

生きる仏・ノーベル平和賞の現14世の帰国と、7世紀にインドから伝わった顕蜜双修のチベット仏教の
繁栄をこの地からいのりたいものである。

オリンピックを控えているとはいえ、中国の変貌振り、活気には驚かされた。物売りなど少なかったが、
格差は大きくなるのであろう。わが国の行く末も大いに気になる。この頃である。

岩永先生はじめ同行の皆様、ガイドさん、皆々様に感謝してこの記を終える。

ノルブリンカ宮殿

宮殿前にて

西安市内城壁

シルクロード出発地

興慶宮

大唐楽舞

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今回は「曹洞宗第一宗務所主催の仏蹟研修の旅」に同行。

台風21号が東支那海を迷走する9月30日、9時10分中部空より上海へ向った。
台風も心配なく昼食後予定通り上海市内の史跡、寺院を探訪。

最初は都市の中にある山水の見事な庭園を見学。

 

 




1000円で色んな物をセールス。そして上海で最も参詣客の
多い禅寺・玉仏寺を訪問。ミャンマーから贈られた白玉製の素晴らしい
寝釈迦仏を拝顔。うっとり。その後出発直前に変更になった陸路で寧波へ
向った。35
kmある杭州湾大橋をわたり約三時間半のバス移動で
ホテルについたのは当然夜になっていた。

 







          上海市内            玉仏寺       寝釈迦仏


  二日目(10/1
)は憧れの天童寺へ。今から
785年前の春、
24歳の若き青年僧道元は明全和尚と共にこの地(寧波)に
来たのであつた。典座和尚との出会い、又、2年後に、天童寺を
再訪し、正師如浄禅師と相見。これが曹洞宗のスタートとなったのである。
道元禅師はここで悟りを開かれ
28歳の秋まで滞在修行された。
この
出発点となった天童寺は300年に建立され、天王殿、
大雄宝殿、仏殿、羅漢堂などの建物が有った。
そしてその両脇に長廊がはしり、永平寺と瓜二つ。文化大革命で
仏像は破壊されたが建物は免れ明時代の風格を残していた。
法堂で所長老師導師のもと心経読誦.広い堂内に参加寺院の
厳かな声が響いていた。その後方丈で住職老師、監院老師
懇談の時がもたれ一同感激して拝聴した。

言葉の異なるこの地で座禅三昧の日々を送られ師より悟りの境地を
認められた道元禅師は只管打坐の教えを身につけ、権力者に近づくな
との師の言葉を胸に帰国されたのであった。    

小生にはとても真似の出来ない事であり、あらゆる面で超偉大な
教家であったとつくづく思い、考えさせられれ寺を後にした。

仏教遺跡を訪ねて
   
天童寺・浄慈寺へ ’08、9、30?10、3

それから阿育王寺を訪れた。282年に創建され、アショカ王が仏舎利
19箇を中国に贈りその一つがこの寺にあり、祀られている。残念ながら
舎利塔には行けなかったが奥の方に高く聳えていた。

昼食後道元禅師が船で到着したとされる寧波しないの地を訪問。ここには
1998年に建てられた入宗の記念碑建てられていた。

阿育王寺 天王殿 道元入宋記念碑

その後バスで高速道で杭州めざしてひた走り。車窓には所々に蓮田が
みえたが収穫前の稲穂がたわわに実っていた。市内に入ると車の
ラッシュ予定より2時間遅くかかり目的地に到着。郷土料理、東玻肉、
紹興酒など格別においしかった。

翌2日には早朝霊隠寺に向った。ここも人、人、人でごった返し、
まるでお伊勢さんの初詣の様子。霊隠山の麓に有り、仙霊が多く
隠れ住んでいた所から霊隠寺と命名されたと言う。インドの僧が
26年に建立。参道の脇には谷川をはさんで霊鷲山が飛んで来た
ような飛来峰があり、そこに338もの石刻像が彫られていた。
阿弥陀、観音などがあるらしいが布袋さんの周りが一番人が多かった。

天王殿、大雄宝殿があったがスケールが大きかった。勿論、安置
されている仏様も大きく、19.6mもの釈迦如来座像も有った。

五百大羅漢堂もあり見事な実物大の羅漢様が祀られていた。

霊陰寺山門 布袋石刻像 天王殿

次はやはり西湖のほとりにある浄慈寺を訪問。ここには有名な「南屏
晩鐘」の鐘が有ったが清末から火事の為なかったが1986年に永平寺
の寄付で造られ、現在はその鐘の音が響いていると言う。

如浄禅師の舎利塔が有りその墓前で香を手向け一同読経礼拝した。


その後西湖遊覧で西冷印社前まで行き印社を見学した。
狭い所であったが篆刻の香り漂う雰囲気が良かった。記念に筆と遊印
を購入。昼食後バスに揺られ2.5時間程で上海に到着

浄慈寺 如浄禅師舎利塔

海雑技団の華麗でスリリングなショーを見学。1時間半
があっという間に終了。その後黄浦江でナイトクルーズを楽しんだ。
乗船までかなり時間をようしたがライトアップされた新旧の建物は素晴らしかった。

                                             黄浦江夜景  



翌10月3日、「錦江飯店」のホテルを出、黄浦江岸を見学、
その「江」の下を通る外灘(がいたん)観光トンネルも渡った。
外壁が電飾で飾られ、星の世界を走るが如き様子であった。
東方明珠塔(テレビ塔)、101階建て中国1の上海ヒルズ
(森ビル)には行かなかったがハイアット上海ビルには1時間
ほどならんでエレベーターで展望台まであがり眼下の上海市街を
展望した。何十年か前、都庁にお上りさんでやはり並んで上がった事
を思い出された。
黄浦江を挟んでの昔の繁栄地(外灘)と超高層ビルが
建ち並ぶ経済特区(浦東・ほとう)の対比、よどんだ空気、万国博を
控えての建設ラッシユ、中国中枢部勢いを感じた。
その後中国茶道を
体験し昼食に広東料理をたべ夕刻上海浦東空港から帰国の途へついた。

命がけで求道の旅をされた先師達とは雲泥の違いが有るが曹洞禅の源流を少しだけ味わった有意義な4日間で有った。同行諸氏に感謝しつつ見聞記を終える。

 天童寺前景  天王殿   佛殿 方丈

上海到着              豫    園

錦江飯店

ハイアットビル

ビルよりの展望

上海空港

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